世界一周をして、手に入れたもの。

昨日は名古屋で、世界一周した友達と再会していた。

「まさやくん、名古屋行くよー!」

「いつですか??」

「今から!笑」

そんな急な僕の行動にも、付き合ってくれるかけがえのない仲間。

旅って何が起こるかわからない。

好きなもの。これしたい。がいつ現れるかわからない。

だからこそ、旅は鮮度が高くなり、生きてるを実感する。

旅人は、そんな「やりたい」を叶えることが得意な人たちの集まりかもしれない。

僕が世界一周をしたのは、26歳〜29歳の頃。

2013年〜2016年のことだ。

この世界がどんなところなのか、僕はワクワクしながら、出発前は旅の計画や、資金作り、世界の写真や本を眺めていた。

今目の前にない「想像」や「妄想」が現実にやってくる。

世界はどれだけ広くて、どんな人がいて、どんな食べ物があって、どんな感覚を持っている人たちなんだろうか。

世界地図を見ては、地図に行きたい場所の印をつけるのが日常だった。

そして、世界は僕が想像していた世界よりも楽しくて、知っていたことよりも優しくて、複雑に織り混ざっているように見えるけど実は純粋で、自分が自分であることがさらに好きになって。。。

世界はすでに平和だった。

旅をすると、嫌いなものがどんどんなくなっていく。

よく嫌いな人とかいないの?と聞かれるんだけど、嫌いって思うことが全然なくて、その人はどんな人生を過ごしてきたのだろう?と思う。

その人生がその人をつくりあげていると思うから、僕はその人が大事にしていることを知りたい。

ただそれをしたいって思う。

平和って、ぼくはその人の楽しいことや辛いと思うことや、どんな感情でもその人が大切にしていること、思い出、体験を知ることだと思っている。

ぼくが1番嬉しい瞬間は、その人が心を許してくれた瞬間かもしれない。

一緒に心から笑って、大したこともないことで笑える。

それができた瞬間が好きな瞬間。

平和という言葉がいらなくなった瞬間でもある。

みんな赤ちゃんが好きな理由と、どこか似ている気がする。

ぼくが幸せなときは、いつもあたたかい気持ちだった。

パンを半分にして、分ける。

肩車してマンゴーを取る。

誰かがギターを弾いて、誰かが歌を歌って、それを星空の下で聞いている。

そこには誰かがいて、感情が共感になる瞬間なのかな?

きっとそこには確かな純粋な時間が流れていた。

2年半の世界一周。

ぼくにとっては、もう一つの学校だった。

小学校、中学校、高校、大学、世界一周学校。

世界一周は僕にとっては10年もあった気がするほど、濃かった。

まるで夢だったかのような時間。

世界一周から帰国するときは、浦島太郎状態だった。

日本てどんな国だ!?

逆に日本を知りたくなっていたタイミング。

アメリカから日本へと飛び、世界一周というひとつなぎの旅が終わった。

帰国はあっさりだった。

他の海外のように、色々聞かれることもなく、最後のスタンプを押されて、僕のパスポートは役目を果たしてくれた。

100カ国を旅してくれてありがとう!!!

そして、僕は家にそのまま帰った。

電車の中の広告がチカチカして眩しかった。

日本のみんなは、下を向いてずっとスマホを見ている。

2時間くらいで家に着いた。

家の場所もしっかり覚えていた!笑

玄関を開けて、左側にすぐ僕の部屋がある。

部屋を開けると、そこは2年半前とほとんど変わっていない景色だった。

久しぶりのベッド。

一人部屋。

僕は少し寝てみようと横になると、隣に貼っていた世界地図に気がついた。

「みんな何してるかな???」

とってもあたたかい気持ちだった。

この世界がいつの間にかHOMEになって、大切なものになっていた。

2年半前はワクワクしていた世界が、想像していた世界が、今は僕の中にある。

地球が自分の中にある気がした。

僕が世界一周して手に入れたものは、きっとこの「あたたかさ」。

そして、いつでも会える友達が世界中にいて、会ったら笑って楽しいご飯を食べることができる。

今日もみんな何してるかな???

世界のみんな、出逢ってくれて、ありがとう!!

 

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